こんばんわ しおたんです (@gin7000)
転勤族の末路を結論からいうと
- 転勤で生活が変わり過ぎてストレス
- 仕事の業務が変わりついていけない
- 転勤すると2重生活になり金銭的に苦労
- 転勤により子供が犠牲になる
- 転勤して身持ちを崩して家庭崩壊
です
転勤で生活が変わり過ぎてストレス
転勤して一番辛いことは、生活が一変することです。
人間関係もガラッと変わりますが、その土地その土地の風習やしきたりも違うので慣れるまでに時間がかかり、ものによってはストレスになります。
普段使っていた化粧品などが店舗で気軽に買えなくなったり、よく食べていた商品が地元のスーパーでは売ってなかったりすることが地味にストレスになります。
「買い物すらまともにできない…」
転勤をするということは、ふだん意識しないで生活する事ができなります。
行く場所によっては今の生活・今の環境が全く違うものになってしまう可能性を秘めているということを認識して覚悟をしておいた方がいいです。
良い方向にいく場合ももちろんあるとは思いますが、悪い方向にいった場合、覚悟しておかないと本当に精神的にキツイです
まるで誰も知らない土地に放り出される不安はとても辛いですよね
通信販売を利用すれば手に入りますが、届くまで時間もかかり、地元にいた時のように生活する事はできません。
転勤して生活が変わり辛かった体験談
入社して5年が経ち、仕事にも慣れてきた時に東京から東北の地方へ転勤になりました。
当時私は27歳でした。
東京での生活は何不自由なく送っており、職場環境もよく、友人や恋人にも恵まれていました。
若手に転勤はつきもの、今の時代は女性も地方に転勤させられることもあるとは聞いていましたが、女性は地方といっても地方都市へ転勤していく人ばかりだったので、私も同じような地方都市への転勤になると思っていました。
ところが、辞令を言い渡されたのは東北の片田舎の店舗でした。
周りの先輩たちにも
「そんな田舎へ転勤するなんて、女の子なのに聞いたことがない…」
と言われ、私も予想外の異動にしばらくの間現実を受け入れられませんでした。
恋人とは結婚の約束をしており、転勤希望を伝えた際にも、結婚を考えているので遠くへの転勤はしたくないと伝えていましたが、全く考慮してもらえませんでした。
転勤後、東北の豪雪地帯で3年生活しましたが、東京の生活から全てが一変しました。
流行のコスメや洋服はどこに行っても買えず、友達や知り合いもおらず、休日にいきたい場所もないため引き篭もるようになりました。
冬は豪雪地帯のため、毎朝5時に起き、雪を片付けてから出勤しなければいけませんでした。
恋人とはしばらく遠距離恋愛をしていましたが、だんだんとすれ違うようになり、結局別れてしまいました。
周りが結婚や出産のラッシュを迎えていく中で、田舎で恋人も知り合いもすべて失い、1人で寂しく生活していました。
女性 27歳 金融
仕事の業務が変わりついていけない
今までの経験が活かせればまだしも、全く違う業務ですと、新入社員と、同じくらい知識がありません。
更に管理職として転勤すると更に悲惨です。
職場内全てが先輩となる中、中間管理職をやらなければならず、心身ともに疲弊しきります。
マンションに帰っても1人寂しく酒を煽る毎日。
「こんな事が後、何年続くのだろう……」
と考えると愕然としますよ
転勤すると仕事内容や職場の雰囲気が変わりとても辛い現実が待っています。
転勤の話が出た時は、たとえ夢の職場でも、しっかり転勤先の状況を知ってから転勤を決めた方が良いです。
転勤は慎重に決めた方が良いですね
仕事の業務が変わり辛った体験談
53歳の時、群馬県から東京の大崎にある本社へ単身赴任となりました。
群馬県いた時は副部長でしたが、転勤先では課長となりました。
給与面では変わりはありませんでしたが、今までの仕事と違う部署という事で、表向き格下げという感じです。
ずっと不動産関係の仕事がしたかったので、移動願いが叶い本社の不動産を扱う部署への転籍です。
10年位移動願いを出していたので、とても嬉しかったのですが、いざ本社へ行ってみると既に不動産の取引はほぼしていない状態で、自社の施設管理業務に変わっていました。
電球の交換、植木の剪定の発注、トイレットペーパーの発注が主な仕事でした。
期待していた仕事と全く違い愕然とはしましたが、折角呼んでもらえたので仕事は頑張っていました。
そんなある日、上司からゴールデンウィーク明けに半年分の売上報告があるから、休み中に作成し休み明けに社長報告する様に指示がありました。
転籍が4月1日で4月末に前半期の報告?そんなの出来るわけない、と思いましたが、ゴールデンウィーク中必死で作りました。
長期休暇中で、誰にも聞けない中、何とか作り上げ休み明けに資料を提出すると、「嘘だよ」と上司に言われ愕然としました。
部署の人のほとんどが転勤組なので、人間関係があまり良くなかったです。
暗い日々を過ごしました。
男性 55歳 製造業他、親会社の福利厚生
転勤すると2重生活になり金銭的に苦労
一番のデメリットは無駄に発生するお金が多いことです。
2重生活となるので生活する場所が2つあるので今まで生活費の倍近くかかってしまうことです。
そうなると今までの生活をしていると家庭が崩壊してしまうのでしっかりとお互いの生活費を抑えるために考えなくてはいけないです。
そして生活費を抑える生活というのは負担に感じてストレスにもなってくるのであまりいいとは言えません
「家族の分まで、会社は面倒を見てくれない…」
いくら会社が家賃補助をしてくれても、食費、光熱費、雑費は補填してくれませんよね
いまの会社は超大手企業でないかぎりそこまでの福利厚生はできないんですよ
限られた給料の中で二重生活をすることは苦労するし精神的な負担も大きいのであまりよくなかったです。
慣れてしまえば関係なかったですが、慣れるまで苦痛になります。
独身なら転勤してもなにも問題もなく会いたいと思う人もいないので負担に感じることは少ないですが、家庭をもつと家族に会えない寂しさや仕事を辞めたいと思っても
辞めてしまうとより大変になってしまうで簡単には辞められないことは大変です。
2重生活になり金銭的に苦労した体験談
転勤して二重生活で辛かったことは経済面でのことです。
当時32歳で家庭を持っていたにも関わらず給料は低く二重生活は大変でした。
妻の方と私の方とで光熱費、食費を含めた生活費が倍近くかかってしまったので経済的負担は大きくて大変でした。
そして仕事内容は製造職だったので仕事内容で苦労したことは特にありませんでした。
まだ若いということで様々な経験を積んでもらいたいということで転勤になったと思うのですが、家庭持ちでの単身赴任は厳しいと当時感じました。
転勤にともなって給料をあげてもらえるならまだしも特に手当てなどつかないでそのままだったので最悪でした。
なので転勤して最初の4か月程は二重生活での経済的負担を目の当たりにして毎月給料に対してマイナスな生活を送ってましたが、このままではまずいと妻と話あいをした結果私の方の生活を質素にしつつ妻の生活の方を節約していくという結果になりました。
私の方はなるべく風呂を沸かさないことやシャワーを浴びる時間を減らすことや電気の使用を抑えるために早めの就寝を心がけました。
休日はなるべく外へ出掛けて散歩したりショッピングモールへいきただみるだけの生活を心がけて出費を抑えました。
また妻の方も私の生活と似たように電気、ガスの使用を抑えるために生活をしてもらいました。
子供がいるのでそこまで節約生活を抑えることは難しかったですけど、以前のように当たり前の生活を抑えてでの生活を心がけてくれました。
34歳で妻の元へ戻してもらえたのでもう二重生活はこりごりでした。
一人の時間をもてることはメリットでしたが、限られた生活費で二重生活をしないといけないことは辛いし良いことはなにもないと実感しました。
次また転勤となるようであれば転職を考えたいです。
男性 32歳 製造業
転勤により子供が犠牲になる
1番のデメリットは特に家族のいる人、特に子供さんのいる人にはとても大きな影響があります。
学校に通っている子どもであれば、「転校」をする必要が出てきます。
成長期で思春期の中で大きくなっていく子供たちにとって、今いる中の良い友達と別れて全く誰も知らない同級生の中に放り込まれ全く新しい環境となります。
いくら活発で明るい子どもであっても心の中は不安でいっぱいです。
「もう学校に行きたくない…」
子供が引きこもりになる1番の原因は、転校による学校の人間関係です
上手く友達や心の開ける人が見つかれば良いのですが、そうならなければ心を閉ざしてしまいます。
親への反感もつのるでしょう。
親の都合で転勤、転校をすることは仕方のないことだと思いますが、しっかりとしたケアが必要だと思います。
転勤により子供が犠牲者になった体験談
彼とは同じ団地で家族ぐるみでお付き合いをさせてもらっていました。
私には2人の子供がいますが、彼にも2人の子供がいて幼稚園や学校も同じで同級生です。
彼はもともと関東の出身で勤め先も超一流なM電気の営業でした。
私が住む町に転勤で引っ越してきました。
いわゆる栄転(管理職への任用)で地方の経験を積むというのが理由だそうでした。
彼自身とても頭が切れて有能だということはすぐに分かりました。
とても家族思いで、彼自身仕事で忙しい分、休みの時は家族サービスに徹していました。
子供たちが同級生でご近所さんということで家族ぐるみの付き合いが始まりました。
私と彼、私の妻と彼の奥さんもとても気が合い、よく行き来をしていました。
彼の奥さんと子供たちは今住んでいる町をとても気に入っていました。
ずっとこのままここに住み続けたいとさえ言っていました。
そんな彼に東京への転勤(復帰)の話が持ち上がりました。
仕事なので仕方のない話ですが、子どもたちは大反対でした。
彼の下のこと物心がついてからこの町で大きくなりました。
幼稚園を卒業し小学校に上がる時期でした。
ついに彼らか家族が東京へ戻る日がやってきました。
当然私も家族と一緒に駅まで見送りに行きました。
彼が東京に帰った後もお付き合いは続いていました。
メールのやり取りはもちろん私の息子の一人が東京の大学へ通っていたため、時々は東京に行き、そのたびに彼夫婦に合っていました。
その時に証言的な出来事を聞きました。
転勤で東京に戻りたくなかった彼の2番目の子供(娘)がぐれて学校に通わなくなっていました。
彼女にとってみれば、自分が通う小学校は友達の多かった私の町の小学校でした。
彼女にとって無理やり引き裂かれてしまったという父親への反感があったようでした。
彼にとってみれば仕事であり、昇進のステップとして必要な転勤でした。
しかし家族としては父親の仕事で仕方ないと分かっていてもすんなりと腹落ちはしなかったようでした。
奥さんは大人なのでしっかりと理解していますが、子どもたちにとっては「父親の転勤の犠牲者」といったイメージだったのだと思います。
家族のいる人、特に子供さんのいる人にはとても大きな影響があると感じています。
子供に「ふるさと」といった場所はありませんし、「ふるさと」がどんなところかイメージを感じられないと思います。
その娘さんの反抗は高校時代まで続いています…
男性 40歳 電気機器製造販売のメーカーの営業職
転勤して身持ちを崩して家庭崩壊
職場の雰囲気が違ってしまって人間関係がうまくいかないと 毎日が苦痛になります。
そのため慣れ親しんだ顔見知りのいる地域から離れたがために、寂しさから夜の街へ過剰に行ってしまったり、性的な関係をもったがためにお金も健康も失うことが一番なデメリットになっています。
転勤が昇進につながることもあるが、本来の業務や生活を見失って家庭だけでなく社内での地位も失われる可能性があります。
「単身赴任して魔が差した…」
転勤したことで人生の歯車が、大きく変わる事はよくあります。
世帯持ちの転勤は家族からの解放がある一方で適切なケアや気遣いができていないと壊れやすくなっており取扱注意なのには変わりない。
転勤して身持ちを崩して家庭崩壊した体験談
転勤したとき40代半ばで部長職についており、プロジェクトとITサービスのマネージャーをしていました。
毎日残業続きにもかかわらず、家族の目がないからか夜の街に出かける日々を繰り返していた。
そんなある日、体調不良を理由にリモートワークに切り替えていたが、なんと遊びが祟って性病に感染してしまい職場に出てこられなくなってしまった。
コロナ禍とはいえ、現場に部長職がいないことは1,2ヶ月はなんとか部下たちでまわっていたが、現場のベテランの方々が不平不満を募らせていた。
幸いにも性病は大事には至らなかったものの、男女の営みがないと感染しえないものであり、奥様だけでなく10代のお子様たちにも軽蔑され、自宅へ帰られる権利が毎月2回あるのに自宅へ宿泊することを拒まれるようになってしまった
家庭での信頼を失っただけでなく、転勤先でのプロジェクトでの信用を失ったためどんどん居場所をなくしていった。
ストレスからか飲酒や夜の街へのお出かけが増加し、お金がないと言ったり身だしなみがだんだん崩れていき、転勤先の拠点でも悪い噂がたつようになってきた。
そんな春の人事異動で部下なし部長へ変更になり、周りには誰もいない窓際社員となっていた。
男性 45歳 ITサービスマネージャー
まとめ
まとめると
- 転勤で生活が変わり過ぎてストレス
- 仕事の業務が変わりついていけない
- 転勤すると2重生活になり金銭的に苦労
- 転勤により子供が犠牲になる
- 転勤して身持ちを崩して家庭崩壊
です
転勤すると自分、家族、子供すべてに被害が及びます。
転勤は動物に例えるなら縄張りを追い出されたことと同じです。
自分の縄張りは物理的、精神的な巣なわけですよ
その安住の地を会社の都合で動かされて嬉しい人なんていないでしょう
転勤族の末路をみるとどの人も悲惨な体験をすることになるんですよね