「お前の代わりはいくらでもいる」と言われ傷ついている人へ

「お前の代わりはいくらでもいる」

そう上司や店長に恫喝されたことはありませんか?

お前に価値は無い、いつでもクビにできるんだぞ

クビにされたくなかったら、もっと仕事をしろ

そうクソ上司は心の中で考えているんでしょうね

そんなクソ上司の呪いに傷ついていませんか?

「お前の代わりはいくらでもいる」

そう発言されても気にならない方法を一緒にかんがえましょう

お前の代わりはいくらでもいるという呪い

「お前の代わりはいくらでもいる」

「じゃ、すぐに代わり呼んで来いよ」

「・・・」

お前の代わりはいくらでもいると、上司や店長などに言われる要因は

相手がすぐに「会社を辞めない」という値踏みをされたうえでの発言です

・不景気だから他の職を探すのは困難だろう

・仕事を変えるのも面倒だろう

・住宅ローンなど借金があるから辞めないだろう

・妻子を路頭に迷わせたくないから辞めないだろう

そういう不確定な根拠をついて発言しくるのです

新築住宅を住宅ローン組んでを建てるとすぐに

地方に転勤させられるのも住宅ローンを背負っていれば

会社を辞めないだろうと勝手に予測しているのを同じです

さらに質が悪い事に「お前の代わりはいくらでもいる」

という言葉は呪いの詠唱と同様意味を持ちます

言霊信仰という言葉を聞いたことはありますか?

言霊信仰とは自分が発言をすることにより

その発言の願望が叶うという信仰です

「〇〇の資格を取るぞ!」

など周囲の人間にたいして常に発言をしていくことにより

自分に暗示がかかり資格取得に関する

モチベーションが上がり願望が叶ったりします

上司が「お前の代わりはいくらでもいる」という発言は

これと同様のマイナス効果を発揮します

しかし言霊信仰がポジティブな方向性のものにたいして

「お前の代わりはいくらでもいる」という発言は呪いの能力を発揮します

ネガティブな発言をすることにより相手の行動を縛る効果を発揮します

 

クダラナイ上司は思考のミスリードを誘う

「お前の代わりはいくらでもいる」という発言は

あなたの思考に強烈なバイアスを作ります

お前の代わりはいくらでもいる→会社を辞められない

そういう風にあなたの頭の中に思考の癖を植え付けることにより

クソ上司の扱いやすい状態に洗脳しているに過ぎません

ある断片的な情報しか与えないことにより

自分の考え方に偏りができてしまいます

美人→モテル

お金持ち→悪い事をしている

頭がいい→ガリベン

自分が深く考察をせずに勝手に結論をだしてしまうのを

自動思考といいます

「お前の代わりはいくらでもいる」と上司が発言するのも

あなたの代わりはいくらでもいると思いこませているにすぎません

その結果あなたにとって失敗である行動に導き

ミスリードを誘発しているのです

相手の発言が頭の隅にのこり、いつまでもその言葉に縛られてしまいます

思考の視野を広げてみる

学生がイジメを苦にして自殺するニュースをたびたび見ませんか?

あれも狭いコミュニティ内の世界観が絶対だと思い込み

その世界観での中でしか生きていけないと考えこんでしまっているのが原因です

学校で虐められているのなら、学校を辞めて人生をリセットすれば良いだけではありませんか?

自殺するくらいなら引きこもれ 

人生の9割は逃げていい

ブラック企業でパワハラまがいの言動をうけて傷ついている人も同じです

上司のくだらない発言に惑わされてしまい

自分の思考を狭めてしまっているだけです

人間の思考は90%が毎日同じことの繰り返しをすることで

成り立っています

朝起きて→通勤して→仕事して→食事して→帰宅する

毎日のルーチンワークは同じことを繰り返して日々が過ぎていきます

いちいち全ての判断を最初から考え込んでしまうと

脳が疲れてしまうからともいわれています

そのように同じ職場、同じ仕事を続けたほうか

気が楽なのも頷けます

しかし悪意のある第三者が介入して

あなたの事を「お前の代わりはいくらでもいる」と脅し

職場環境を過酷にしても

同じ仕事を続けたほうが気が楽(思考停止)と考えてしまい

茹でガエルのように死ぬまで各酷な労働に従事することになります

代わりがいるなら呼んで来い

人間が他人に発言をする理由は何かしらの意図を含んでいる場合は多くをしめます

「お前の代わりはいくらでもいる」という発言の裏側には

相手の思考の範囲を狭めて

自分の思うように利用しようという意図が隠されています

そのような言動に惑わされない方法は

自分のなかに第三者の目をもつことです

つまり自分の事を他者が見るような目線で観察します

「お前の代わりはいくらでもいる」

本当に自分の仕事の代わりはいるのだろうか?

「お前の代わりはいくらでもいる」

仮に代わりの人間がいたとしてすぐに戦力になるのか?

「お前の代わりはいくらでもいる」

代わりの人間に仕事を教えるのは誰?

「お前の代わりはいくらでもいる」

代わりの人間に自分は仕事を教える気はないけどいいのかな?

少し思考の範囲を広げるだけで、その発言の矛盾点はいくらでも見つかります

私も同様な事を言われて腹が立ち

「お前の代わりはいくらでもいる」と発言されて

「代わりがいるなら呼んで来い」と発言したら押し黙った上司がいました

権力を傘にきて部品の如く人間を使おうとする

クダラナイ上司は世の中に大勢います

仕事をする環境は今のところだけではない

同じ職場、同じ仕事で働いていれば

何も考えなくてよいので楽な部分もたしかにあります

しかし苦痛を感じるまで我慢することは果たして正解でしょうか?

多少脅しても会社を辞めないだろう

そう見透かされていることも

「お前の代わりはいくらでもいる」という発言の裏側に潜んでいる心理です

近年の労働環境はまだまだ賃金は安いですが

人手不足という状況もあり

転職する機会もありえます

今すぐ仕事を辞めるという考えではなく

他社の労働環境(仕事内容、賃金、福利厚生)などを転職サイトで調べて

おくだけでも客観的な判断材料をもつことができます

まとめ

「お前の代わりはいくらでもいる」とう発言は今の仕事を辞めないだろう

という心理の裏側にもとづいている脅しです

その脅しに惑わされて、いいように酷使される可能性があります

まずは客観的な判断材料をもち自分の立ち位置を観察してみることです

多くの場合は、本当にすぐに退職されて困るのは

経営者側であることがあります

大切な事は自分の健康、生活です

くだらない発言に惑わされて傷つくことはありません